門間由佳アートエンジニアリングブログ
アートのこと、最近の感じたこと、読んだ本等、しばらく自由に書き込んでいきます

2010-07-08

精神的な眼と肉体の眼

「精神的な眼で

まず最初に

自分の絵をみるために、

あなたは肉体の眼を

閉じてもらいたい。

それから、あなたが暗闇の中で

見たものを明るみに出してみるがよい。

それがほかの人々には

外部化r内部へ、

つまり、

逆向きに

働きかけるように。」

引用:C・G・カールス 著作
『風景画家フリードリヒ 』17 より

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2010-07-03

ほんとに生き生きした肖像は下絵だったかもしれない?

日本美術や歴史の教科書で

出会う昔の肖像画。

これは、武士や貴族の依頼によって

描かれているため、

注文主の意向を強く反映している。


だから、ものによっては

何度も書き直しを命じられたり、

下書きのイメージを壊さず、

丹念に写し取るため、

最後の完成図では

すっかり硬直して

みずみずしさが失われていたりすることも

しばしば。


たまに見つかる肖像画の下絵のほうが

みずみずしく

作者の感性が伝わってきたり

することもあるのだ(笑)

絵描きの苦労がしのばれます。

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2010-06-03

印象主義のヴィジョンと技術の原則の要約

セザンヌはピサロから多くを学んでいる。

ピサロが若い画家、ルイ・ル・バイユに与えた助言。

「セザンヌのエチュード」ジャン・クロード・レーベンシュテイン著 浅野春男訳 三元社発行より以下、

引用。

「自分の気質にあった自然を研究して、デッサンのためよりというよりも、

かたちと色彩のためにモチーフを観なければいけない。

かたちを締めつける必要はない。そんなことをしなくてもかたちは存在する。

正確なデッサンは味気なく、

全体の印象をそこなってしまい、

あらゆる感覚を駄目にする。

ものの輪郭線を止めないように。

デッサンをつくりださねばならないのは、

色価と色彩の正しい筆致なのだ。

マッスの場合にむずかしいのは、

輪郭線を捉えることではなく、そのなかにあるものを描くことだ。

ものの本質的な性格を描くこと、絵画の技術にこだわることなしに、

いかなる手段を用いてもその性格を探求すること。

描きながら、ひとつの主題を選ばねばならない。

右や左にあるものを眺め、全体を同時に描き進めること。

部分、部分を描くのではなく、全体を一緒に捉え、色調をちりばめながら、

隣りあうものを観察しつつ、色価の合った色彩のタッチによって描くこと。

小さなタッチによって制作し、

自分の知覚を直ちに定着させるように努めねばならない。

目はある特定の点に満足してはならず、全体を見て、まわりのものに対する色彩の反映を

同時に観察しなければならない。

同時に空も、水も、木の枝も、大地も描き、すべてを真っ向から扱い、

つねに全体に立ち戻り、全体がまとまるようにすること。

最初に描くときはキャンバスの全体を覆い、

そこに何ものも付け加える必要がないところまで、描き進めること。

前景から水平線まで、空の反映、葉の表現において、空気の遠近法を観察すること。

色を用いることを恐れずに、少しずつ仕事を洗練させていくこと。

規則や原理によって制作するのではなく、

見たもの感じたものを描くこと。

なぜなら最初の印象を失ってはならないからだ。

自然を前にして臆病であってはいけない。

間違いを犯すことを恐れずに、

果敢に筆を進めること。

師はただひとり、自然であり、

人が常に参考にすべきなのは自然なのだ。」
20:29:31 - monmi - TrackBacks

2010-01-08

日本美術ができたとき 4

背景を読む。

全体的な感じを頭のなかで感じとろうとする。

すると、なんだか視界が広がってくる。

日本美術かぁ〜、と博物館を眺めているだけでは

それは見えてこない!!

なぜなら、博物館や美術館は

明治以後にできたものだから。

明治の時代に、それはもう一生懸命、

<日本>という国を挙げて、

<日本の美術の歴史>をつくりあげた。

そして、私たちは

むか〜しからあったような気持ちで

ほんの100年ほどまえに

編集して作り上げられた

<日本美術>に接している。






11:37:11 - monmi - TrackBacks

2010-01-07

日本美術ができたとき 3

ガラガラポン、と

前提がくずれると、

予想外のところがぽっかりと崩れ、

みたことのない青空が見えてくる。

日本人、という言葉、感覚。

それは明治時代になってから生まれてきたもの。

・・・てことは、

江戸時代は、

日本国土全体を自分の国と感じる、

そういう感覚で生きていなかった!

日本人、というとらえ方って、最近なんだ〜、

と思えば、

ぐっと身近で

歴史のうねりがダイナミック!



一国一城(いっこくいちじょう)の主(あるじ)、

という言葉をあらためてかみしめる。


江戸時代、そうかぁ、徳川幕府に束ねられた

たくさんの国の寄り集まりの時代・・。

今の時代に日本、と呼ばれる国の中に点在する、

たくさんの小さな国々・・。


09:58:22 - monmi - TrackBacks