門間由佳アートエンジニアリングブログ
アートのこと、最近の感じたこと、読んだ本等、しばらく自由に書き込んでいきます
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2005-11-01
運がいいと信じる
「おれは運がいい」とくりかえすことにひとつの強力なおまじないがある。
私はそう思った。
M氏と話しはじめたころ、しきりにM氏がそう繰り返すことに気づいた。
シベリア抑留から生きて帰ってこれた。いろんなひとに助けられた。
これは運がいいからだ、というのはその通りだ、でも、それだけでない理由があるはずだ。
それに、運を呼べるとしたら、どうだろう?
これだけ運がいいと繰り返すM氏は運を読んでいるに違いない、と思ったものだ。
そうして運について繰り返して聞いていたころ、M氏は「これは素敵だ」と感じる感性をつねに磨いていることに気づいた。
私が訪ねた日に晴れていると、「やぁ、いい天気になったね、ついてるね」と声をかけられる。
お医者さんに健康状態をほめられると、「身体にめぐまれたな」と素直に喜ぶ。
シベリア抑留さえ、「旅行へいってきたようなものだ」といいきる。
その背後には、意思の強さを感じる健康管理や、つらい出来事も存在する。それを否定するのでなく、その上で良い面を「運がいい」といいきっている。
そうすると、天気などはまさに「運がいい」。
たまに良くないことがあれば「いつも運がいいからたまにはしょうがないか」となる。
気分がよい循環にまわっていく。
そして、いつの間にか、ほんとに運を呼び込んでいく。
「運がいい」というのは自分を元気付ける強力なおまじないだ。
2005-10-31
生きるヒントのひとつ
『たとえばこんなことがありました。ここにはいられたある女性の部屋で、「ああ、この人の命はあと一週間か二週間くらいだ。
私は二週間後に来るのだけど,そのとき彼女はいるだろうか」と考えたのです。
「絵がとても好きな人なので、あの部屋に何か美しい絵の額を飾ってあげたい。それとも、どこかに出かけたら絵はがきを送ってあげようか」
ここまで考えたところで、はっと気づいたのです。
「どこかとはどこだ、私自身もそれまで生きていられる確証はあるのか」と。
結局、私は彼女の死を考えたことによって、自分の死を感じる機会が与えられたのです。
そうすると、自然と「では私はどう死ねばいいのだ」というふうに、自分の死に方を考えはじめます。
このように、自分の死をはっきりと意識することによって、
「ではそれまでにどう生きればいいのか」ということが自分の心の中で問われてくるのです。
つまり、死を身近に感じることによって、積極的に生きる方法が見えてくるのではないでしょうか。
これについては、戦争で前線から帰ってきた人や、大病をして死にかかった人の話を聞くのも、大変参考になります。』
少し長いですが、上記は『「人生百年私の工夫」日野原重明著 幻冬舎』から引用しました。
M氏の場合、戦争から収容所まで4年前後、死を身近に感じながら生き続けた。
注意深く自叙伝を読んでいくと、さまざまな場面を積極的に転換して考えていく考え方をあちこちに読み取ることができる。
そして、その後の生き方をきいても、その姿勢は貫かれている。
「自分」をもつひとつの生きるヒントに「死から生を感じ取る」といったことがある。
「死」というイメージ、感触、実感を、転換させて「生」を感じ取る喜びにつなげることができる人間の強さを感じる。
2005-10-30
ハートから考える
材料:膠、顔料、墨、アクリルガッシュ、その他
サイズ:約10×25(30号部分)
ことばから考えるといつのまにかことばに安心してしまうことが
ある。
ことばはひとりあるきする、
そのとき伝わらないものがたくさんある。
ひとりひとりのひと、に対してどうなのか。
ということから、どうしたらいいのかを考えるとひとつの
手がかりになる。
主義主張は目の前のものをかんじさせない危険がある。
「よい戦争」を信じて戦地にいった。
その後、M氏は戦地で、戦争にいい悪いもない、戦争自体が人をはかいすると感じた。
ロシアの収容所で、共産主義を学ぶ。
天皇を頂点とする考えかたから、正反対の考え方へかえろといわれる。
そして、戦後の民主主義。
どんな考えかたにせよ、日常的な「思いやり」や「命を大事にする」ことなど(戦争で戦闘以外で殺されたひとはたくさんいた)
ができるのかどうか。
それができた人は、どんな思想の流れにまきこまれても自然に、静かに生きていた。
2005-10-29
かわらないもの
時代によって良いといわれるものが
変わっていく。
M氏と話していて、「余りに変化が激しいなかで、何を基準に考えたのか?」
と聞いたときがあった。
M氏はすぐこう答えた。
「どんなときにも変わらないものだ」
戦前、戦中の軍国主義、シベリア抑留での共産主義、そして戦後の民主主義。
3つの流れを身をもって体験してきた人。
生きてきたなかで、眼の前のことが正しいのかどうか、考える必要のある場面がたくさんあった。
「言葉づらでなく、実態から考えること」
2005-10-18
自分がもっている「哲学」に気づく
画材:顔料、膠、アクリルガッシュ、墨、その他
サイズ:サムホール
養老孟司氏が、対談でこう述べている。
『とてもおもしろいんですが、日本のかたは私が
「そういう考え方は間違っているでしょう」と言うと、
「じゃあどうしたらいいんですか」と来るんです。
それはどういうことかというと、
思想が行動に影響するという考え方がまったくないんですよ。
自分がある思想を持っているということに
気づいていない。』
「チョコレートがすき、でもそれは食べすぎたとき虫歯になるけどやはり食べたいから食べる」
「では食べないように」
といわれて食べなくなるのは、
「チョコレートがすき、でも虫歯になる、だから食べない」
と自分の「哲学」が「かわる」ことだ、それって急に一分二分で
できることではない、「哲学」だから、
それに気づけ、ということ。
好きなものは好きで悪いのはわかっちゃいるけど・・・、ていうふうに。(これってわたし・・?)
わたしは、M氏と話していくうちに、
「なんとなく戦前は古いもので戦後がよい」
「なんとなく天皇はあんなかんじ」
「なんとなく日本はこんなかんじ」
という戦後世代のある種お気楽な「日本観」が
がらがらと崩壊してしまったのだが、
そのとき初めて自分が「日本はこう」という「思想」を持って
いたことに気づいた。
それを再構築するのに半年以上かかった。
(引用:「わかることはかわること」 養老孟司 佐治晴夫著 河出書房新社)